新聞記事やニュースで見つけた、個人的に気になった会計関係の話題をご紹介します。
監査時間、10年で2割増
開示拡充や監査厳格化で
2021/3/3 日経新聞 朝刊
上記の記事では、会計不正事件を受けて監査の厳格化が求められるようになったことや開示までの作業が多い国際会計基準(IFRS)の導入企業が増えていることなどにより企業監査にかかった時間が増えており、過去10年で平均2割近く増加していること及びそれにより監査報酬が増加していることが紹介されていました。
監査時間増加の要因として紹介されている2つの内容について、次で詳しく見ていきます。
会計不正事件防止のための監査厳格化
監査時間が増加している要因として最初に述べられていたのは、2015年に発覚した東証の会計不正事件をきっかけに、東京証券取引所が会計士協会に対して監査をより厳格にすることを求めたことについてです。
この東芝の会計不正事件の概略は下記のとおりです。
- インフラ事業における工事進行基準の不適切な運用による利益水増し:約477億円
→工事原価総額を過小に見積もることによる工事進捗率増加に伴う不適切な売上計上 - 映像事業における経費計上先送り:約88億円
→請求書発行遅れによる費用計上時期先送り - 半導体事業における在庫評価損未計上:約360億円
→滞留在庫の評価損計上を在庫廃棄まで計上せず - パソコン事業の部品取引による利益水増し:約592億円
→ODM(受託製造業者)への部品有償支給において、決算月に必要以上に販売しかつ価格を異常に利益を上乗せした金額で販売していた - 上記の不正が経営陣からの「チャレンジ」と呼ばれるプレッシャーにより組織的に行われていた
それぞれの不正会計の詳細についてはここでは省略しますが、東芝の件で最も問題となったのはこの不正会計が経営陣からの圧力により組織的に実施され、それを止めるべきガバナンスが働かなかったことにあります。
東芝は2003年に委員会設置会社に移行し、日本企業としてはかなり早いタイミングで社外取締役を招いた、コーポレートガバナンス(企業統治)の模範企業とされてきた企業です。
その企業で実はガバナンスの仕組みはあれども、運用に問題があり大規模な不正会計を防止できなかったということで、この事件以降監査法人による監査厳格化の要望が大きくなったことは間違いありません。
国際会計基準(IFRS)の導入企業増加
日本電波工業が2010年3月期からIFRSの導入をしたのを皮切りに大企業で広がり、2020年10月末時点では約240社がIFRSを適用しているそうです。
IFRSの特徴として、原則主義と注記による情報開示量の多さが挙げられます。
原則主義とは、基準上ではできるだけ基本的な原則のみを規定し、詳細な規則は定めないというものです。
実務における原則主義の適用においては、個別の状況や事象に応じた判断が要求されることになります。
これは、世界中で使われることを前提とし、各国の法制度が異なっても支障なく機能し、基礎となる経済的取引及び事象を適切に表示することを目的としているものとなります。
次に注記による情報開示量の多さについてですが、企業は前述の原則主義に準拠し、企業の状況に適した会計処理をどのように採用したかを説明する必要があります。
また、IFRSは基本財務諸表項目に関する定量的、定性的情報の多くの開示を要求しており、そのために注記による情報開示量が多くなります。
これらの理由により、IFRSは日本基準よりも各企業による裁量が認められている一方、各会計処理の理由を監査法人に対いて説明をしなければならない範囲が日本基準よりも大きく、監査の時間が増加してしまう要因にもなっています。
会計基準変更による影響
上記記載してきた通り、過去と比較して監査時間が増えている理由の大きな要因としては監査厳格化とIFRS導入企業増加かと思いますが、それ以外にも会計基準が変更されるたびに企業での対応は発生し、それに伴い監査法人の監査においても対応が求められます。
2021年度から「監査上の主要な検討事項(KAM)」の強制適用や、収益認識に関する会計基準の導入などの会計制度の変更が予定されており、その対応のために監査時間が増える可能性もあります。
これについては大きな会計基準変更のたびに発生するものではありますが、やはり企業にとっても監査法人にとっても負担のかかるものであることは間違いありません。
監査を効率化するにもお金がかかる
これらの監査業務増加に対応するために、監査法人では以前紹介したような研修やITツールの活用によって業務効率化を進めていますが、それらの投資には当然お金がかかります。
ただ、いくら増加する企業情報を効率的に取り扱うための工夫だとしても監査を受ける企業側からすれば監査報酬を抑えたいのは当然のことであり、費用を抑えたい企業側が時間単価の安い中小の監査法人に変えている動きも目立っているそうです。
大手の監査法人としては多種多様な監査を行うためのITツール導入や人件費増加分は報酬ももらいたいが理解されないケースがでているのが実態のようです。
これについては企業側が理解を示す、もしくは法令違反企業に対する罰則をかなり厳しくするなどの対策が必要になってくるのではないかと思います。
監査厳格化は何をもたらすのか
今回紹介してきた監査時間の増加は、必要に迫られた結果おきているものだと私は考えています。
その中で、不正会計発生に伴う監査の厳格化による監査時間増加というのは、本来企業側で解決するべき問題を外部へ委任している行為にもとらえられ、これがさらに進んでいくと企業側では何もせず、専門家である監査法人に丸投げになっていく懸念があります。
監査というのは、本来監査法人が監査対象企業の財務諸表の内容が適正かどうかを確認するために実施するものです。
これが、現在は適正な財務諸表にするためにどうするかという側面が強くなり、企業側からの要求が大きくなって監査法人の立場が弱くなっている気がしています。
今のまま監査厳格化を進めると、無限定適正意見を出すために監査法人が苦労している現状がそのまま進んでしまい、さらに監査時間が増加、監査報酬も併せて増加という、企業にとっても監査法人にとっても悪い方向に進んでしまうと思います。
そうならないように監査法人の責任範囲を少なくし、現状ほとんど見かけない限定付適正意見、不適正意見や意見不表明を出しやすくし、企業側の責任を増やす環境作りが必要だと思います。